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モーツァルト・ゆかりの場所

モーツァルト

モーツァルトの35年という短い生涯の中で、様々な場所に音楽旅行をし、様々な都市を訪れています。彼がどんな場所と関わりが深かったのか、その足取りと共に追っていきましょう。

モーツァルトの旅人生

モーツァルトが6歳の時に、父レオポルトに連れられて音楽旅行に出かけたのを皮切りに、ザルツブルグ時代、ウィーン時代と、様々な国に音楽旅行へとでかけていました。モーツァルトの人生は35年10ヶ月と短いものでしたが、その生涯の中で実に10年2ヶ月も音楽旅行をしていました。人生の1/3は音楽のために旅をしていたことになります。250年以上前のことですので、交通機関も充実していません。一つの旅に1年以上かけることも珍しいことではありませんでした。ウィーンを含むオーストリア国内の音楽旅行はもちろんのこと、それ以外に訪れた国は9ヵ国にものぼり、今でこそ9ヵ国を回るのはお金さえあれば容易なことですが、当時の交通事情を思うとかなり大変なことだったでしょう。目的の国に行くまでに、宿泊だけのために立ち寄った国も合わせると、200ヵ国以上にのぼります。ザルツブルグに住んでいた頃と、ウィーンに移り住んでからでかけた音楽旅行の数は18回と記録に残っています。記録に残っていないものも含めると、もっと旅行に行っていのかもしれませんが、この内訳が10年2ヶ月というのですから、1度の音楽旅行でどれだけの歳月を費やしていたのかが分かります。

モーツァルトと手紙

時代のせいなのかもしれませんが、モーツァルトは筆まめだったようです。母親と音楽旅行に出かけているときは、父レオポルトによく手紙を出していました。従姉妹との手紙のやり取りも残されていますし、ウィーンに移り住んでからは、妻コンスタンツェへの手紙がしょっちゅう出されていたようです。通信手段が手紙しかない時代でしたので、身内に手紙を出すというのは当たり前のことな時代だったのでしょう。トーマス・アルファ・エジソンが電話を発明するのは、モーツァルトがこの世を去ってから86年も待たなければいけないのですから。

旅の目的

モーツァルトは数多くの音楽旅行をしてきましたが、その目的はどんなものだったのでしょうか。ザルツブルグ時代、父レオポルトと共に、コロレド大司教の宮廷に仕えていました。その一方で、ウィーンを始め、パリやロンドン、イタリアなど、数多くの都市に音楽旅行をし、神童と呼ばれる彼の演奏を披露したり、コロレド大司教の宮廷よりも良い宮廷に就職するための就職活動でもあったのです。しかし、どの宮廷でも就職に失敗し、25歳でウィーンに移り住んでフリーの音楽家として生きていくことになったのです。