モーツァルト,作品,交響曲

モーツァルトの作品

モーツァルト

クラッシック界の巨匠として、今なお愛される音楽家、ヴオルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)。ザルツブルグとウィーンを中心に音楽活動をしていました。
10代の頃から素晴らしい曲を作り、現在でも人々に感動を与えています。モーツァルトが作った曲はどんなものがあるのでしょうか。

モーツァルトが生涯で作った曲

神聖ローマ帝国皇室宮廷内作曲家、神聖ローマ帝国皇室クラヴィーア教師、ヴェローナのアカデミア・フィラルモニカ名誉楽長などの肩書きを持っていたモーツァルトですが、その生涯の中で、いくつもの曲をこの世に残しました。交響曲41本、作品番号のないものを合わせると46本、ピアノ曲27本、ヴアイオリン7本など、50本以上の協奏曲、弦楽四重奏曲23本、オペラが20本、ミサ曲が20本とされています。細かいものまで数えると、かなりの数が挙げられます。
どれもが素晴らしい評価を受け、天才と言われたモーツァルトの繊細克つ力強い作品ばかりで、聴く者全てに感動を与えてくれます。

モーツァルトの曲の変遷

モーツァルトは幼い頃から、父レオポルトと一緒に音楽旅行に出かけています。
8歳の頃から曲を作り続けてきたモーツァルトですが、初期の頃の交響曲は、旅のたびに新しいスタイルや技術を習得して自分のものとし、広がりを見せます。バッハの音楽と出会い、影響を受けてイタリア風の作品なども生まれました。ウィーン時代の曲は、メヌエットとトリオを加えた楽章が4つに分かれたものが作られました。イタリア旅行でも数々の曲を作り、イタリアからザルツブルグに戻った直後、大司教がこの世を去り、彼の環境も大きく変わることになり、交響曲の作風も徐々に変わっていきます。ザルツブルグでいくつもの交響曲を作ったあと、しばらく交響曲から遠ざかっていましたが、1778年のパリ交響曲以降になると再び交響曲を作ることを始め、オーケストラを熟知した熟練した味のある作品を生み出しています。1777年にパリ旅行での優秀なオーケストラの出会いにより、管楽器の充実、バス声部の動きなどと言った高度で響きも新しい交響曲作りになっていきます。
ウィーンに移り住んでからは、これまでの交響曲の枠を破り、彼自身で作り上げた充実した傑作を作っていきます。ハイドンがパリ交響曲を作った時期と同時期で、古典派の交響曲が知識・技術ともに豊かに発展していった時期でもありました。

モーツァルトは天才?

とにかくモーツァルトの記憶力は素晴らしいものがあったようです。
交響曲を頭で作曲し、譜面に起こしながら第2楽章を、第2楽章の譜面を起こしながら第3楽章を頭の中で考えていたそうです。超人の域に達していたのかもしれません。