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世界の歴史

モーツァルト 歴史

これまでは、モーツァルトが生きた時代、日本で起っていたことを紹介してきましたが、今度は世界では何が起っていたのかを紹介していきましょう。様々な出来事がある中、モーツァルトはザルツブルグやウィーンで曲を作り、各地を音楽旅行していたのです。

1760年 産業革命

1760年、モーツァルトが4歳の時です。すでに3歳からクライヴィーアを弾き始めていた彼は、翌年5歳で初めての作曲、『アンダンテハ長調K.1a』を作ります。世界では産業革命が起っていました。イギリスの木綿工業から始まったもので、工場制機会工業を導入することによる産業の変革に加え、それに付随する社会構造の変革の事を言います。木綿工業に端を発した産業革命は、交通機関(蒸気機関車)や製鉄業にまで及ぶことになります。

1774年 ルイ14世即位

モーツァルト18歳の時、フランスのブルボン朝第5代フランス王に、ルイ16世が即位しました。マリー・アントワネットの夫としても知られています。1754年に生まれたルイ16世は、1765年に王太子となりました。1769年にオーストリアのマリア・アントーニアと結婚し、1774年5月10日、フランス国王となり、翌年ランスのノートルダム大聖堂で戴冠式が執り行なわれました。

1776年 アメリカ独立宣言

1776年7月4日、第2回大陸会議(連合会議)において決議され、アメリカ合衆国13州が満場一致で宣言したものです。それまで、イギリスの植民地となっていたアメリカ合衆国の13の州で、この年の1月にイギリスからの独立論を訴える『コモン・センス』というトマス・ペインの本が刊行されると、たちまちベストセラーとなり、植民地の代表者だけではなく、民衆の間でも独立論が盛り上がって最高潮に達します。6月7日の大陸会議で『独立の決議』をバージニア植民地代表が提案し、10日には即率宣言起草委員会が発足しました。やがて7月2日に『独立の決議』が可決、翌々日の7月4日に『アメリカ独立宣言』が採択されました。これにより、アメリカ合衆国では7月4日は『独立記念日』とされています。このアメリカ独立宣言がなされた頃、日本では鎖国状態でした。文化の遅れを実感します……。

1789年 フランス革命

モーツァルト33歳の年、ベルリンに音楽旅行に出かけていた頃です。幼い頃プロポーズをしたマリー・アントワネットがフランス革命により、命を落とした年でもあります。イギリスでの産業革命、アメリカの独立などと歴史は動いているにもかかわらず、フランスでは変わらずに王政が続いていました。貴族中心の社会でもあったのです。フランス革命は1789年7月14日に始まり、終焉を迎えたのは1794年7月27日のことでした。革命では、自由・平等・博愛があげられ、貴族社会から市民中心の社会へと変貌を遂げていきます。

ルイ16世とマリー・アントワネット

フランス王ルイ16世と、マリー・アントワネット(結婚してマリア・アントーニアから改名)はフランス革命によって命を落としました。王政に対する民衆の不満が爆発し、暴動が起きる中、ヴェルサイユ宮殿から国王一家は追われてしまいます。革命裁判は1793年1月にルイ16世を、10月にはマリー・アントワネットをギロチン台へと送り込んだのです。ルイ16世は馬車で運ばれたのに対し、マリー・アントワネットは荷車で運ばれたそうです。この扱いの違いを見ても、民衆の強い反感はマリー・アントワネットの方が強くかっていたようです。有名な『パンがなければお菓子を食べればいいのに』というマリー・アントワネットの言葉が、民衆の反感をかったと言われてきましたが、これは彼女自身の言葉ではないようです。